知ってますか?
あなたの居ない青空は、こんなに色褪せています。
時を渡る訪問者15.2
出立する前、望美が部屋を訪ねてきた。
「今、大丈夫ですか?」
最近、日課になりつある部屋の外を眺める時間。
ひょっこりと顔を出した望美。
「春日さん!?」
突然の訪問者に、の目が見開かれる。
此処に来るのは、朔と白龍、薬をくれる弁慶さんだけだった。
それに3人とも優しくて、が何をしていても、笑って
ただ傍に居てくれたりする。
だからこそ、ここまでぼーっと出来ていた。
「大丈夫、ただぼーっとしてるだけだから」
部屋の奥に戻ると、望を手招きする。
「こっち、そこだと寒いでしょ?」
は着込んで座り込んでいたからいいけれど、望美の格好では
寒いだろう。
手招きして、自分の前に席を勧める。
遠慮がちに、でも何か決意したような表情で、望美はの前へ
と座した。
暫く、風の音と、微かな木の葉の音だけが部屋を支配して。
望美は、ゆっくりと口を開く。
少し声が震えているみたいだ。
「さん、私……私のせいなんです」
一呼吸置く。
「私達を逃がすために、リズ先生は1人残って……」
其処で言葉に詰まったように、息を呑んだ。
「ごめんなさいっ」
今まで、言葉を交わす事はなかった。
その望美と初めてと言ってもいいぐらいの会話。
は言われた言葉をようやく理解し、慌てて望美の手を取った。
自分が現実から逃げていた間、ずっと望美は自分を責めていたのだ。
何か話したそうにしているのを避けていたのはだ。
「さん!?」
そんな気は無いけど、勢いで望美を責めてしまうのが怖くて。
でも……。
いざとなったら自然と言葉は出てきた。
責める言葉なんて、欠片も思いつかなかった。
「リズは、リズは……自分で決めたんだと思います」
あの流れで見たリズヴァーン。
ゲームの画面で見た決意。
本当に神子を守り、永らえさせたい。
そう思って、それだけを望んでいる人。
軽い嫉妬心が心を蝕むけれど、望美を真っ直ぐ見据え、は
笑った。
この時空に来て、リズヴァーンと離れ、初めて顔を満面の笑み
にする。
「だから、自分を責めたりしないで下さい」
驚いたような表情のままの望美に、はきゅっと手に力を込めた。
「ありがとう、むしろ私は感謝しているから……私に負い目を
感じる必要なんてありません」
望美には訳が分からないだろう。
でも……確かに、子供の時のリズヴァーンを救ってくれた命の
恩人。
感謝こそすれ、責めるなんて……出来ようも無い。
ただ、は自分自身が何も出来なかった事が悔しくて、
やりきれなくて、たまらない。
心を占めるのは自分を責める言葉ばかりだ。
「さん……」
「あと、私の事はでいいです……良ければですけど私も望美
と呼んでも?」
「……えっと、あの、もちろん……」
理解が追いつかないのか、望美はしどろもどろになりながら言葉
をつむいだ。
「望美は前を向いて、もしできるなら笑ってて欲しい、きっと
リズもそれを望んでるから」
「……っ」
ぽろり
望美の瞳から涙がこぼれ出た。
もしかしたら、責められた方が、楽だったのかもしれない。
こくな事を言ったのかもしれない。
笑ってだなんて。
自分は、いまだむしろ向きから抜け出せていないのに、偉そうな
事を言ってしまった。
は内心大慌てで、ハンカチの代わりになるものをと部屋を
見回した。
「望美?」
どうしよう。
泣かせてしまった。
時空を超え、大役を任され、重いものを背をわされた少女。
何処にでも居るような女子高生だった少女。
は直ぐにリズヴァーンにひろって貰って、此処の時空に
跳躍させられてからも、ただお世話になっているだけで。
その重さなんて想像しか出来ない。
そんな気丈な少女を泣かせてしまった!
は半ばパニックになりながら、オロオロと望美の顔を覗き込む。
あぁ……。
次から次に涙がこぼれて来る。
こんな所、譲や、九朗が見たら……。
きっとを非難の目で見てくるのだろう、簡単に想像がついて、
不謹慎にも少し笑えた。
「望美、大丈夫?」
原因がわからなくて、何を言えば良いのか……。
「ごめんなさい……私もっと責められるって、そう思ってて、
笑ってくれるなんて……思ってもみなかったから」
望美は、始めてみたの笑顔に、いっきに緊張がとかれたみたいだった。
白龍の言葉の意味が少しわかった。
涙腺がおかしくなったみたいに、涙が出てきてしまったのだ。
のことなど、何も知らない。
同じ、現代から来た人で、リズヴァーンとはただの知り合いでは
無いという事。ずっと、虚空を見つめるように、塞いだ姿しか知らない。
それしか知らない。
でも……。
笑顔を見た瞬間、ああ、好きだ。
望美はの笑顔に安心感を覚えた。
「ありがとうさん」
涙を拭うと、望美も笑みを浮かべた。
「……望美」
はほっと息を吐いた。
泣き止んでくれた事に、傷つけてしまわなかった事に、望美の
笑顔が嘘でない事がわかったから。
「私は行きます、今私に出来る事をしに」
望美は決意を秘めた瞳で、を見た。
も、望美の決意を肌で受け止め、柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう」
此処の時空に来て初めて、心からとは言えずとも、
少しだけ笑えた気がした。