あの日見た月を絶対に忘れることは無いだろう。

は流れる涙もそのままに空を見上げた。








時を渡る訪問者14














目が覚める。


土と埃の臭いが鼻の上を通って行く。
あたりは沢山の人の声や、動く気配に包まれていて、今まで
の事が夢だと感じたいのに、けしてそれを許さない。

直ぐに現状を思い出した。

現実がに重くのしかかってくる。

慌ててソレを振り払い、目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
意識を無理やり現実へと逸らす。



体の節々が痛んでいる。


筋肉痛のせいなのか、なれない場所で寝てしまったせいなの
か、起き上がろうとすればコキコキと音を経てた。
腕を伸ばして伸びれば、少しだけすっきりとする。

これなら起き上がれるだろう。

はゆっくりと立ち上がった。

辺りは布で覆われて、此処を出なければ様子をうかがう事
も出来ない。

仲間でもないが一人で出歩くなんて、あまり良くは無いの
だろうが……黙ってこの場に居ると、嫌でも昨日の言葉が蘇る。
考えたくない事を考えてしまう……。


はため息を吐き出した。



『逃げている』



自分は逃げたいのだ。

でも、今は……そうでもなければ立っているのすら無理に
思えた。

はその場に座り込んだ。

突然涙が溢れ、自分では如何しようも無い。

誰かに嘘だと、全て夢だといって欲しい。

「……うぅっ」


袖で涙を擦り、どれほど過ぎた頃だろうか、布がめくり
上げられた。


昨日の青年だ。
様子を見に来たのだろう、手には薬湯らしき物を持ち、静かな
物腰での方へと近づいて来る。


「あまり目を擦ってはいけませんよ」


取られた手の先にある青年を見上げ、合った目線を慌てて
引き剥がす。

「……顔色は大丈夫そうですね」

そう言ってへと薬湯を手渡し、隣へと腰を下ろした。
外套の中の金色の髪をかき上げ、そっと耳に掛け、微笑み、
を落ち着かせようとしているのだろう。
その声音は柔らかだった。

「ありがとうございます」


お礼を言い、明らかにあまり美味しそうでは無い臭いに、
一気に口へと流し込む。と、息を止めゴクリと飲み込んだ。


鼻では呼吸をしない様に注意しつつ、口で息を吸い込み、
息を吐く、微かだが、それでも鼻に抜ける臭いはかなりキツイ。


良薬は口に苦しなのだろう。


「……所で、先ほどあなたについて話したのですが」

は首を傾げ青年を見あげた。
知らないところでどんな話があったのか、それでも不安はあまり
無かった。
麻痺しているのかもしれない、それともこの人の目に害意が見ら
れないからだろうか。

「何でしょうか……」

素直に言葉を口にしていた。


「行くあては有るのですか?」


「……いいえ」


無い。

ココには無いのだ。

此処での居場所はあの人達……リズヴァーン達が居るところだ。


「では……私達と一緒に向かっては如何でしょう」

「……へっ?」

思ってもみない言葉に、は苦味が吹っ飛ぶほどに驚いた。
間抜けな言葉が口ら漏れ出た。

驚きで、口を開けて青年の顔を見上げれば、苦笑して先を
続ける。


「この世界は何かと危険です。神子と同じ世界の人には大変
でしょう」

黙って頷くから薬湯が入っていた椀を受け取り、いっそう
笑みを深くした。


「それに、リズヴァーン先生のお知り合いを一人には出来ないですよ」


「……いいんですか?」

リズヴァーンの名を聞き、またこぼれそうになる涙を手で
拭き取り、尋ね返す。

此処の人からしたらあきらかに不審者だと言うのに。
リズヴァーンの事だって、証拠は持っていないのだから。

それに対し青年は直ぐに頷いた。

「もちろんですよ」



「……よろしく……お願いします」

一人は嫌だった。
その場にゆっくりと頭を下げた。

「こちらこそ……では出発までは此処で休んでいて下さい」

「はい」

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私は弁慶です」

「あっ、私はって言います。


さんですか、今はまだ休んでいて下さい。後で様子を
伺いに来ますから」

そう言って、弁慶は笑みを浮かべて立ち上がった。
は、弁慶が幕を避け立ち去る後姿を見つめ、視線を
空へと上げた。

空は青く澄んでいて、何だかまた泣きたくなった。





txt_44_back.gif txt_44_top.gif txt_44_next.gif