時を渡る訪問者13
は微かな話し声に目を覚ました。
火のはぜる音と、夜のシーンとした空気、幾人かの気配。
人の気配がある事に安堵した。
しかし、人の気配がそばにある事に安堵したのもつかの間、
は次の瞬間、自分の耳をふさぎたい衝動にかられた。
「……誰をせめたって先生は帰ってこない……」
胸のどこかが音をたてた気がした。
+++++
「……すまん、そうだな」
嫌だった。
確信するのが怖くてたまらない。
何で?
どうして……。
疑問が胸に膨れ上がる。
リズヴァーンが一人敵陣に乗り込んで行く。
神子のために。
頭にその映像が浮かんでくる。
軽い嫉妬心を上回って湧き上がる後悔が、の胸を
いっぱいにしていく。
此処は一周目なのだろうか。
神子である望はまだ逆鱗を手にしていない。
乳白色の中で見たあの光景は時の流れだったのだろうか。
あの時、もっと必死になって出ようとしていたら……。
思考の中、いつの間にか確信へと変わり行く思いに、
慌てて自身を言い聞かせる。
大丈夫。
一呼吸置いて、真実を確かめるため、はゆっくりと
瞼を押し上げた。
「先生って……リズの事ですか?」
思いのほか確りとした声が出たことに驚いたが、視線は虚空
を見つめたまま、思考が上手くまとまらなかった。
だからか、は少し離れた位置に立つ望美の表情には気が
付く事は無く、また、周りの八葉達であろう青年らの気配
が動いたことにもさして気が向かうことは無かった。
ただ、心の隅に、今から自身が尋ねることは、少なからず
この場の人たちを傷つけてしまう事になる。
そんな感情が警告の様な物を鳴らしていた。
でも……聞かずには居られないのだ。
今、一番知りたいことを知るには。
「リズヴァーンは……何処に……何処に居るんですか?」
パチリ
薪のはぜる音が静かな夜に溶け込んでいく。
沈黙があたりを包み込む。
は複雑な気分になった。
此処まできて、聞きたくない気持ちが勝るのと同時に、
誰かがここで、あなたの言うリズヴァーンとはまったく
違う人物であると、そう言って欲しい。
そんな我侭な思いが湧き上がってきたのだ。
また、そんな気分と間逆な考えがの中にわきあがる。
リズヴァーンが、リズであると確信したいと言う気持ち。
もしここまで来て、リズヴァーンが自身の知っているリズでは
無かったら、そちらの方が怖い気がしてくる。
だって、そうなったらの知るリズは何処に居るというのか。
とんだ臆病者だ。
しかし、そんなの気持ちに気がつくわけも無く、誰かが
口を開いた。
「あなたの言うリズヴァーンが八葉ならば、今は行方知れずです」
声のした方を見れば、治療を施したくれた青年がを見下ろしていた。
表情は読めないが、嘘はついていない。
の中の何かが確信に変わった。
その言葉は、ストンと心の中に落ちてきて、静かに、ただただ心を
真っ黒に塗りつぶしていく。
やはり、
あぁ、出来ることなら、もう少し早くあの中から脱出したかった。
そうすれば、リズヴァーンを一人で行かせたりしない様に、なんとか
出来たかもしれないのに。
は顔を両の手で覆いこんだ。
「私が馬鹿だから……なんでもっと頑張らなかったの」
顔に爪が刺さるのを気にもせず、手の力を強める。
すると誰かの手が伸びてきての強張った手を、
そっと掴み、ゆっくりと顔から引き離す。
「あなたは今は憔悴しきっています、このままでは探し人を
見つける前に倒れてしまいますよ、さぁ……」
ゆっくりともとあった場所に頭を載せられ、またゆっくりと
気配が離れていく。
「ほら、あなた達もです。明日のためにも今は休んで下さい」
その言葉を合図に、気配が散り散りになっていくのがにも
わかった。
そして去り際、望美であろう声が、の耳にたどり着く。
「……っごめんなさい」
そんな事は、私に言う必要は無い。
は声を掛けたかったが、既に望美の背は遠く、掠れた声しか
こぼれて来ない。
むしろ、子供の時のリズヴァーンを救ったのは他でもない、
望美なのだから。
感謝こそすれ、謝る必要など無いのだ。
「ありがとう」
聞こえないのを承知で、は呟いた。
空を見れば、月が静かに地上を見下ろしていた。
