時を渡る訪問者17
目を閉じた瞬間、波にさらわれる様な感覚がを襲った。
ゆるゆると目を開ければ、やはり乳白色の波の中、流されている。
ゆるやかな流れの中、は必死に願った。
目指すのはリズヴァーンを助けられる運命。
心の中で、リズヴァーンの事だけを必死に思った。
とたんに早くなる流れ、ひっしに顔を出し、一身に願う。
「お願いっ!」
ただあの人と笑いあいたいだけ。
意識が遠のく。
その耳に、懐かしい、だけど大人になったリズヴァーンの声が
聞こえた気がした。
もうすぐ逢える。
そんな不思議な予感が胸をいっぱいにしていく。
「……リズっ」
あたたかい包み込むような乳白色の流れの中、は意識を手放した。
+++
草の匂いが鼻をくすぐって、風が吹き付ける感覚。
風は柔らかく、甘い匂いを含んだような、あたたかい空気。
虚ろな意識が徐々に回復していくごとに、は周りの様子に
気がついていく。
何かが鼻先に落ち、緩やかに滑り、頬に乗る。
くすぐったくて、は少し身じろいだ。
動いた事で、自分が草の上に寝転がっている事に、ようやく意識が
行く。
近くには水辺でもあるのか、微かに水の香りもした。
まだぼやける意識に、両の手を地面に着き、ゆっくりと起き上がる。
視界には、座っていては前が見えないほどの植え込みが植わっていて、
その隣、頭の上には桜が綺麗に咲き誇っていた。
春の京都。
其処まで考えて、一気に意識がはっきりとした。
時空の流れから出て、今はこの春のもとに居る事に。
深呼吸して、ゆっくりと立ち上がる。
と、は自分でも目が見開かれるのを感じた。
桜の中、立つ望美の姿に、数人の八葉。
そして、其処に空間の歪が現れる。
息を呑んだ。
嬉しすぎて、触ったら消えそうで、駆け出そうとした足をそのまま
の形で止める。
きっと逢えたら直ぐにでも駆け寄るって思っていた。
でも涙が溢れ出し、色んな感情がない交ぜになって、一瞬だけ
動きが全て止まった感覚に陥った。
「……リズっ」
声に出す。
「リズ!!」
声に出したら、何かが解けるように体まで自由になる。
一目散にリズヴァーン目掛けて駆け出した。
木の根につまずき、植え込みも飛び越える。
早く、早く!
早くしないと、消えないで、現実だって……そう早く確かめたい。
「リズっ!」
駆ける途中に通りすぎた、望美達の顔が、一様に驚いた表情を
している事にも気がつかず、ずっとずっと大きくなったリズヴァーンの
胸元飛び込むようにしがみ付いた。
「……っか」
低くなった声が、微かに振るえ、そっと両の手がの背に回される。
「逢いたかった、逢いたかったよ」
涙で顔がぐちゃぐちゃになるのも構わず、流れるままに涙を流す。
生きている。
ここでリズヴァーンが生きて、しゃべって、自身を抱きしめている。
大きくなった手に、低くなった声、両の手をめいっぱいまわしても
とどかなそうな大きな体躯。
「……そう泣いては目が腫れてしまう」
そっと頬に手をよせられ、ゆっくりと視線を上げた。
「私も逢いたかった」
静かに告げられる声に、は再び涙が溢れ出すのを止められなかった。
やさしい青い目も、柔らかそうな金の髪も、全部かわらずに優しい。
切なくも、愛しげな色を宿した視線に、は自然と顔が赤くなる。
色んな感情が、全部涙になってしまったように、涙はぜんぜん止まらない。
「……リズ、リズが無事で良かった」
しゃくりあげながら、涙を片手で拭う。
片方の手は、リズの服にしがみ付いたままだ。
「も無事で……」
良かった。
目が優しく語っていた。